チェルシーサッカーユニフォーム由来 ” 年金生活者がチャンピオンになるまで”

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イングランドで長らく「かやの外」と見なされていたチェルシ一。ザ・ペンショ ナ一ズ(The Pensioners、年金生活者)というあだ名から、1952年にザ・ブ ルーズ(The Blues)に改めたサッカークラブは、世界でも最強の1つになった。

1904年、開発業者がスタンフォード・ブリッジをリニュ一アルした時、彼らは起こり得ることをすべて想定し ていた。たった1つ、地元サッカークラブのフルハムがそこでのブレーを拒否することを除いては。ホームとなるク ラブを呼び寄せなければならなくなった業者は、ここに隣の特別区の名前をつけ、こうして1905年3月10日、 チェルシーFCが誕生したのである。

サッカーユニフォームは、当時の会長、カドガン伯爵との強い一体感を示す色と して青っぽい緑が選ばれた。しかし、1912年、チームカラーはロイヤルブルーになる。一方、クラブのエンブレムの方は、7回以上変更された。もともとは、チェルシー・ペンショナー(近くの老人施設、王立チェルシー病院に入所した退役英国軍人を指す)が描かれていた。

しかし、1952年にペンショナーズがブルーズになった時、その図は削除される。さらに1年後、チェルシー特別区の紋章とカドガン伯爵家の紋章、それに旧チェルシー園主の紋章からインスピレーションを得て、司教杖を持って振り返る青いライオンがサッカーユニフォームに加えられた。

1986年から2005年までは、もっとリアルなライオンだったが、2003年7月2日にロシアの大富豪、ロマン・アブラモヴィッチがサッカークラブを買収した後、2005年の創設100周年を記念して、伝統的なライ才ンに戻った。過去とバラ色の未来のシンボルとして。

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